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友達の死、レンタルBOXの存続
約1ヵ月のぶりの更新。

2月の初旬頃から風邪を引いて治った後も
原因不明で体調を崩していて横になっていた矢先
友達の訃報をお母様からいただいた。

彼女は難病に侵されながらも
知り合った当時はまだ自身で歩いて行動が出来て
東京までライブに来れていた。

でも年々弱ってきた彼女は、ココ数年は車椅子で
お母様かご親戚の方に伴われて年に1・2回出て来て
ライブをワタシと一緒に参加をしていた。

彼女やご両親ご親戚からは
一緒にライブに参加するコトに対して
迷惑をかけて申し訳ないと言われていたけど
ワタシは迷惑だなんて1度たりとも思ったコトはなかった。

逆にワタシは、いつも彼女から励ましてもらったり
元気づけられたりしていた。

地方と東京という距離と言うコトと、彼女の病気のコトもあって
直接会えるのは、年に1・2回のライブのトキだったけど
メールのやり取りはよくしていたから
お互いの現状は常に把握をしていた。

だから去年の11月頃からメールのやり取りをするのが
チョット厳しい感じになっていたから
様子をうかがう様な感じで彼女から返事をさせるという
負担がかからないようなメールを数通送っていた。

そんなおり、久しぶりに彼女から来たメールは
“携帯が壊れちゃって連絡が出来なかった”という内容だった。

今思えば、もうあの頃から容態がかなり悪化していたんだと思う。

次に連絡が来たのは、亡くなる1ヵ月前にメールではなく電話だった。

お互い電話が苦手なのを知っていたから
かかってきたトキはビックリした。

彼女は、“メールのやり方が分からなくなっちゃって…”と言って
わざわざ電話をして来てくれた。
内容と電話口の彼女の口調で不安な気持ちにかられたけど
まさかその電話の1ヵ月後に亡くなっちゃうなんて
本当に想像もしていなかった。

本当に短い時間の会話だったけど、今でもあのトキの彼女の口調と会話
そして最後電話を切るトキに“さようなら”と言われたコトが
今でもハッキリと残っていて辛くてしょうがない。

ライブも、本当に調度1年前にフォーラムで一緒に参加をして
フミヤさんと尚ちゃんを間近で見るコトが出来てお互い喜んで楽しんで
別れ際に、いつもの様に“また一緒に参加しようね!”って言ったら
彼女はお母様の負担を考えて、“もう今回が最後になるかもしれない”って
寂しいコトを彼女が言ったから
“そんなコト言わないで、また絶対一緒に参加しよう!”って言って
ハグをして彼女の笑顔を見たのに。
いつもはドコかにいっちゃう半券も不思議なコトに手元に残ってる。

ちこちゃん逝っちゃったなんて、まだ信じられないよ。

まだちこちゃんの死から立ち直れない。

生前モノを作っているワタシを
応援してくれたり喜んでいてくれたりしていた彼女だったけど
今のワタシは、モノを作る気分になれない。

ハコを一時期辞めようか、縮小して今残っている作品だけを販売して
行こうか迷ってる。
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